第十話
『チャリンカーG』
じてん-しゃ 【自転車】
乗る人が自分でペダルを踏み車輪を回転させて走る二輪車。1810年代にドイツのドライスが考案した、ペダルを用いずに地面を直接蹴(け)って進むものが最初という。(大辞林第二版より)
自転車。
考えてみればこれほど生活に密着した乗り物は他にないのではないだろうか。 特に免許などの資格も必要とせず、おそらくは補助輪付きからスタートし、通常の自転車からロードレーサー・マウンテンバイクまでと、その種類は数多く人々に親しまれている。
文字通り自分の足でペダルを漕ぎ、進むその速度は、徒歩でもバイクでも車でも味わえない独特の風景と、空気を味わせてくれる。自転車にはどこかしら、質素で清楚・健康的なイメージもあり、どういうわけか自転車を運転する女学生や妙齢の人妻等に思慕にも似た憧憬を持つ男性も多い。
そんな自転車という存在であるが、一度G的存在と融合してしまえば、さまざまなG的ムーブメントを引き起こす装置と化すのだ。
『Gの伝説』最終回となる今回は、そんな自転車にまつわるG的エピソードを語ろうと思う。
時に西暦199X年―――――― 筆者の通う高校は実に自転車通学率99%という途方もない数字を保持する学校であった。 場所がどの交通機関、例えば駅やバス停などからも中途半端な位置にあった事が理由だ。
さらに最寄りの駅から母校までの道のりには幾つかの高校と中学、そして大学までがあった為、通学時間帯ともなれば、そこは中華人民共和国の正午を思わせる自転車の群が大暴走する光景が繰り広げられたものである。
ロードレーサーやMTBなどの専門車ではなく、俗に云うママチャリ(ギアは3段まで)を乗りこなす事に価値が求められ、そして高校生活の3年間を雨ノ日モ風ノ日モ雪ノ日モ自転車で通い続けた者をして、我々はこう自称した。
自転車の関東圏での愛称であるチャリンコ+er。
――――――― チャリンカー、と。
友人のGも、そんなチャリンカーの1人であった。 今でこそ自分の車を持ち、休日ともなれば様々なところにドライブに出かける彼も、当時の足といえばチャリである。 買い物に行くにも、友人の家に遊びに行くにもだ。筆者も1km〜片道90kmまでのスパンで自転車を愛用した。
そして、この事件は友人Eの自宅を訪問した帰路で起こった。
確か季節は夏だった。我々は遊びに時間を忘れ、解散する頃には、あたりはすっかり暗くなっていた事を覚えている。
Gは帰路に向かい自転車を漕ぎ出したのだが、ややすると不意に尿意をもよおしたという。
「Eの家に戻るのもなんだしなぁ。まぁ我慢できないこともないだろう。」
ちなみにGの家まではまだ10km以上の道のりがあり、所要時間は1時間といったところだろうか。いざとなったらどっかで立ちシ○ンでもすればいいさ、とGは思い、特に気にも留めず自転車を漕ぎ続けた。
だが、この尿意がいつもは冷静沈着を絵に描いたような彼の行動に影を落とすこととなる。
事件現場となった埼玉県U市の東部は県庁所在地にも関わらず、そこそこの田舎であった。ちなみに当時も今もあまり変わりはない。おまけに妙に起伏に富んだ土地柄であり、坂が多い。
この日会場となっていたEの家に向かうにも、往路はかなりの登り坂を超えなければならず、復路は基本的に下り坂であった。
ちょうどGは最も大きな下り坂にさしかかったところで、再び尿意に襲われた。
「こりゃ、ちょっとやばいかな?」
そんなちょっとした焦りが、下り坂の方面には田舎らしく街灯が存在せず、かなり見通しが悪いことを忘れさせたのだろう。
一般的に自転車はバッテリーを搭載するなどのハイテクは用いておらず、ライトも前輪に付属したダイナモのスイッチを入れ、自転車の動力で発電し点灯させるというものであった。
当然ダイナモのスイッチをいれると前輪に負荷がかかるため、足に負担がかかり、尚かつ速度も落ちる。その為、速度を重視するチャリンカー達は基本的に無灯火運転であった。
そしてGもその例に漏れてはいなかったのだ。
Gは、迫り来る尿意に、立ちシ○ン方面に少し覚悟完了し、下り坂を一気に降りようとペダルを踏み込んだ。
ペダルの加速と位置エネルギーが進行方向に強いベクトルを与える。
余談ではあるが、自転車というモノは例えスポーツ用ではない3段変速ギアの自転車であっても、思い切り漕げば時速30kmは軽く出る。さらに下り坂ともなれば…Gは相当な速さで坂道を下っていった。
この道は下図のように下り勾配の終端あたりから緩やかに左折している道路だった。まだ新しい舗装道路で、歩道も広くとってあり、車道と歩道を区切る縁石もしっかりとした作りのものであった。
だが、この道路の作りと、尿意。
そして血気盛んなチャリンカー故の
無灯火暴走という
三つの条件が揃ったとき
事件は起こった。
そう、おそらくは起こるべくして。
勢い良く坂道を下るG。
周囲には車も歩行者の姿も全くない。
彼の目の先には暗がりに左折する道路の風景が見えた。
そのまま彼は右車線の車道を走り抜け、
対面車線側の歩道に入りつつ左折をする…はずだった。
彼の記憶が正しければ、彼が歩道へ突入するルートには、
ちょうど縁石が薄くなっているところで、ノーブレーキで突入できる…はずだった。
だが、彼の判断は明らかに間違っており、
ゴガッ!!
という音と前方から感じる強度の衝撃を感じた次の瞬間、
Gは宙に浮いていた。
人間は予測不可能な緊急事態に陥ったとき、その状況に対応すべくパゾプレッシン等の成分が脳に分泌され、過去の人生経験記憶データを猛スピードで検索し、対応策を見いだそうとするという。
これが俗にいう「死の間際に見る走馬燈」というモノの正体らしく、検索走査の年代がどんどんと遡り、最後まで(誕生当時まで)遡った結果、該当件数0、ということで死に至ることにもなりかねない、ということだそうだ。
突然の衝撃と唐突に重力から切り離された現状。
ほんの刹那の内にGの脳内を駆けめぐったサーチエンジンは、
結局のところ該当件数0。
それを受けて最終的にGの脳裏に浮かび上がった台詞は
「ワァ・・・俺今飛んでるよ・・・?
人間って飛べるんだね・・・。」
という、混乱しまくりのものだったと、後にGは述懐する。
数秒、いやコンマ数秒の空中遊泳の後、Gを待ち受けていたのは固い地面の感触と、全身を打ちつけた痛みだった。
痛みと衝撃に呆然としながらも、ようやくGは自転車が何かにぶつかって、自分は自転車から放り出されたのだ、ということを理解した。
混乱がそうさせたのか、地面に這ったままのGが次にとった行動は意外なものであった。
Gは自分の自転車を探したのだ。
はじき飛ばされたGは歩道を飛び越え、その向こう側の空き地に墜落したのだが、幸いにも大事に至るような怪我はなかった。
しかしそれにしても、身体の安否や事故の確認をするよりもまず、自転車を探す辺り、まさに彼が一流のチャリンカーである事の証明であるといえるだろう。
だが、見た範囲、身体に触れる範囲には
愛車の存在は感じられない。
と、妙な気配を感じて、
Gは這い蹲ったまま後ろを振り返った。
するとそこには、
Gめがけて
トペ・コンヒーロ(前方回転式ボディアタック)を
敢行する愛車の姿があったのだ。
「うおおお!!あぶねぇぇぇッッ!!!」
Gは逃げまどうゴキブリよろしく、まだ痛みと衝撃に痺れている身体で、這ったままダッシュして、空き地側に逃げ込んだ。
だが、事なきを得て安堵するGの背中に聞こえたのは、愛車がアスファルトの道路に叩きつけられる、破滅の歌だった。
痛みを堪えつつ起きあがったGは外傷を確認すると、落ち着きを取り戻し、一体何が起こったのかを推理してみた。(さて、ここで今回は特別に事件のあらましを図解にて再現したので御覧頂きたい。)

1.まずGは坂道を加速して下っていった。
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2.だが無灯火と尿意故の判断ミスで無いと思っていた
縁石(地上高20cm強)があり、それにノーブレーキで激突。
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3.下り勾配の下方ベクトルと加速の前進ベクトルにより、
自転車は前のめりになり、結果としてGはカタパルト方式で中空に投げ出された。
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4.そして歩道を飛び越え、空き地に墜落。 |

5.さらに残存ベクトルで同じく投げ出された自転車に襲われた。
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上記1〜5を動画で再現するとこのようになる。
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格闘技の要素として打・投・極というものがあるが、この場合は
飛・落・襲の3段活用!
一人格闘技に例えるならば
「1人デッドリードライブ」
からの
「1人自転車トペ・コンヒーロ(喰らう側)」
という、一人二役をこなす、スーパーコンビネーション!
まさにリアルシャドウ!!
まさに、チャリンカー、そしてG的存在の
マリアージュ(組み合わせ)のみが生み出す荒技である!!
当然Gの愛車は主に前輪が破損し、リム(タイヤの骨組み)が変形してしまっていたのだが、この事故(?)の後も、そのまま乗って帰るというチャリンカー魂を発揮した。
そしてこの事件の後、Gは仲間内で「チャリに襲われた漢」の二つ名を与えられ、チャリンカーの鑑として、また二度と再現し得ぬであろうチャリンコG的ムーヴメントのオーソリティーとして永く語り継がれている。
「ところで…」
筆者はこの逸話をまとめるにあたって、再度Gから話を訊いている内に長く疑問に思っていた事を問うてみた。
「尿意は…どうしたんだ?」
そう、あの尿意による焦燥感さえなければ、冷静沈着を絵に描いたような彼がこんなG的ムーブメントを起こすわけがないのだ。
しかして縁石にぶつかったときの衝撃、地面に墜落したときの衝撃、自らの愛車に襲撃された衝撃…これだけの事が重なったとしたら…筆者ならばおそらくは…。
「…さぁな、昔の事だ。もう忘れたよ。」
Gはそれだけ云うと、その後一切その事には触れようとしなかった。
だが明らかに拒絶の色を浮かべ、遠くを見つめるその瞳が、僅かに潤みを帯びていたように感じたのは筆者の勘ぐりすぎというものなのであろうか。
ともあれ『Gの伝説』最終話に相応しいG的ムーヴメントを提供してくれたG氏には惜しみない賛美と拍手を贈りたい。
そして仮に飛・落・襲の後に漏という4番目のエレメントが加わっていたとしても、それは伝説として尚更に申し分なく。
また不明瞭なままであっても、それはそれで「伝説」故、という事に落ち着くことにしよう。なぁゴンザレス・グレイ書記長閣下。
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