じーらぼ!言戯道場 (G-LABO Gengi-DOJO) 管理人:みやもと春九堂(しゅんきゅうどう)

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ヒトコトなつぶやき 武術マニアのつぶやき。
武術とかに全く興味のない方、申し訳ない。

武術において「間を潰す」のは極意の一つ。中拳に箭疾歩あり、日本に抜き足あり縮地あり。いずれも遠間から「間合いを潰す」技だが、長い歴史を持つレスリング(パンクラチオン)にはその先があって(日本の柔(やわら)にも当然ある)、「密着」と「相手の体と自分の体を一体化」させるという極意がある。

相手の重心の下に自分の重心を差し込むことで、骨格レベルでテコの原理や滑車の原理を使えば「捨て身」でならば体重差2倍3倍以上の相手でも倒すことが出来る。「一体」の極意。「重心」というともすれば曖昧な存在を見抜き感じ操ることの重要性。柔術や合気の達人が小柄なこととも関係があるかもしれない。

ここで古代に遡ってみる。相撲(?力)は最も古い格闘技だ。現代相撲の決まり手や禁じ手を含めても色々考えるところがある。最も古い?力の記録は野見宿禰と当麻蹴速の一戦。蹴り合いから腰骨を折られて死亡という凄まじさだ。

当然上段回し蹴りなどではないだろう(ハイキックは金的打ちが禁じ手になってから発展した技。古流において「金的が禁じ手」でなければ、片足立ちという実に不利な状況を自分で作って、股間を空けることは有り得ない)。

となると、組みの間合いでの下段の蹴り合いで「倒した」と思われる。前足底を使っての脛蹴りや、いわゆる足掛け、また関節蹴りなどが考えられるだろう。相撲で拳固が禁止されたのはこの時代よりずっと後なので、殴り合い・組み合いもあっただろう。

野見宿禰と当麻蹴速の一戦は下半身への打撃で倒して制圧し、さらに脊椎を踏み砕く完全な殺し合い。うーむ。実に興味深い。織田信長が好み御前試合までやった頃の相撲も、おそらく禁じ手はなかった。さすがに意図的に目潰しをするのはNGだったかもしれないが。(民間人からステゴロ的な武に長けた人間を探すのが目的とされていたので、使い物にならないようなことはしていなかったと思われる)

拳、張り手、立ち関節、組みからの投げ、関節を極めての投げ、かちあげ(頭突き)。興行化する以前の相撲はとんでもない立ち技総合格闘技だった可能性。大柄な人間が強いというだけでもなさそうだ。相撲のイメージが変わる。「相撲の強い人」はいても「相撲の達人」という言葉は聞かないから不思議だ。

回しは腰帯だった時代もあるだろうが、基本は上半身裸で行っていたわけで、甲冑時代であれば「倒されて制圧される。即ち死」の概念があったことは間違いない。角力・?力と「力」が目につきがちだし、相撲も「撲る」で、張り合い突き合いが想起されるが、相当の理合いがあったのではないだろうか。

このあたり検証のしようがないが、かちあげ(人間最重量の殴打撃)、重心の取り方、相身一体の理合い、肘関節・肩関節を瞬時に極めるテクニック、小指で「釣れる」という発想、合掌捻りや素首落としなどの頸椎に対する容赦のない攻撃。当然柔(やわら)にも通じる。日本武道の源流だ。面白いなぁ。

現代相撲ももちろん好きだけれど、随分様変わりしたんだろうなぁと思う。近年、佐山サトル先生が「須麻比(すまひ)」として精神学や武士道を扱っているが、これは別物っぽいな。掣圏道(掣圏新陰流)の「制圧」の構造は、源流?力の精神に近い気がしないでもないが、どこか継承していないもんかねー。なおいわゆる武芸十八般には「柔」とは別に「鎧組」というものがあり、これが甲冑相撲だったとする説もある。

面白いなぁ。なお古流?力には打撃(拳、張り手、かちあげ、ぶちかましなどの「当て身術」や、関節を極める為の圧点などの人体の急所が研究されている)。相撲・?力・角力を再評価してみたいもんだ。


[2017 年 03 月 21 日- 02 : 31 ]