じーらぼ!言戯道場 (G-LABO Gengi-DOJO) 管理人:みやもと春九堂(しゅんきゅうどう)

【 2003年11月25日-18:42 のつぶやき】

思い出の池袋#2


埼京線を利用することによって、僕にとっての「最寄りの都内」となった池袋。専らそこに行く目的は家電製品やらゲームなんかの買い物だったのだけれども、高校時代にそれは唐突に変わった。

高校時代というと「思春期に色気づいて女の子と一緒にデートに行くようにでもなったか」と思われそうだが、全くそんな事はない。行く目的は「食事」だったから、デートといえばデートなのかもしれないけれど、相手は男性、しかも高校の同級生だった。

上のような書き方をすると微妙に勘違いをされそうだけれども、別に彼とは恋愛関係にあったわけではなく、単純に気の合う親友であり、「同好の志」であった。そして池袋は、その「同好」の対象にあって「聖地」ともいうべき場所だったのだ。


浦和市内の高校に通う埼玉県人にとっては、ある意味無縁である池袋という街が「聖地」となる――なんとも奇妙なこの関係を作ったのは、一人のミュージシャンとの「再会」だった。

山本正之。この名前にピンと来る人は、オールドアニメファンかアニメファンか、ゆうきまさみ周辺ファンか、もしくは熱烈な中日ドラゴンズファンだと思う。

僕が「先生」とまで称するこのミュージシャンは、コミックソングや「燃えよドラゴンズ」という中日ドラゴンズ応援歌、そしてタイムボカンからシリーズ化された、ヤッターマンやイッパツマンなどのタツノコプロシリーズの主題歌を担当していた人である。

多くの昭和40〜50年代生まれの人がそうであるように、僕も幼年期にリアルタイムでこれらのアニメを体験してきているから、独特の「山本節」は「アニメの歌」として見事なまでに身体に染みこんでいた。

その懐かしい思い出の中の曲調と「再会」したのは、高校時代にオタクな世界に身を染めはじめてからのことで、きっかけ週刊少年サンデー連載の「究極超人あ〜る」だった。そのオリジナルアニメやイメージCDなどの曲を担当していたのも山本正之、その人だったのだ。

高校時代に「あ〜る」と出会って山本正之の音楽に再会した僕は、懐かしさと彼独特の言葉の使い方や言葉遊びのセンスにすっかりやられてしまい、アニメとは関係のないオリジナルの彼の曲も聴きたくなり、彼のCDを買い集めはじめた。そして彼の世界にすっかり魅せられてしまって熱心なファンになったのだ。件の「同好」とは、つまりこの「山本正之ファン」という共通項だったのである。


なぜ山本正之ファンが池袋なのか。この関係性に気がついた人はかなりのマニアというか熱心なマサユキファンだと思う。というのも彼の曲に「イケイケ池袋」という池袋を語った曲があるのだ。

これは池袋の街を紹介するような歌詞(電車の案内まである(笑))のマンボ調のコミックソングだ。曲名にも「池袋」と入っているし、シングルカットもされているので熱心なファンなら真っ先にコレを思い浮かべるだろう。

でも実はその連想はハズレだったりする。この曲の歌詞にも登場するのだけれど、僕らの池袋聖地訪問の最大の目的は「カプリ」という名のパスタレストランで、そこでスパゲティを食べることが僕らの「聖地巡礼」の目的だった。

この「カプリ」というレストランが最初に山本正之の歌に登場したのは、彼の「ライスシリーズ」という連作の中の一つ「友情のハムライス」という曲で、僕らに「池袋=聖地」という概念を与えたのは、この曲だった。


ライブ音源のこの歌は、アコースティックギターで弾き語りのような独特のスタイルで、若き日の山本正之と、当時早稲田大学で文学を勉強していた友人の石原君との、貧乏だった青春時代の思い出が紡がれている。

――貧乏で空腹の限界が来た若き日の正之先生は、西口公園の側に下宿している故郷の同級生である石原君を訪ねる。正之先生を迎えた石原君はハムライスを作って二人で食べて、歌ったり話し込んだりする。

夜が明けて再びお腹の空いた2人。だけどハムライスを作る為のハムはもうないので、2人は池袋の「ハイエム」というグリルに出かけて、そこでなけなしのお金をはたいて一番安い「目玉焼き定食」を食べようと出かける。

その「ハイエム」の陳列ケースに堂々と輝いているのはサラダ・コーヒー付きのハンバーグライス。貧乏な2人の憧れのメニューだけれども、2人の所持金を全部併せても一人分にもならないという悲しい現実。

そんな2人が西口をそぞろ歩きしていると、ロマンス通りの一番最初の薬局の処に黒山の人だかりが……――
といった感じである。全てを書くと大変な分量になるので割愛するが、貧しく楽しく微笑ましく慎ましく、そして優しい。そんな青春時代の物語だ。

さて、この歌に繰り返し登場するのが「ハイエム」というグリルレストランである。ここの目玉焼き定食やハンバーグライスは、僕らにとっても憧れの食べ物になった。だけれども、残念なことにこの店はもう存在しない。

そもそもが曲の中で『今はカプリという名のスパゲティ屋になっているその隣にハイエムという小綺麗なグリルがあった』と歌われているのだ。本来ならば「ハイエム」が聖地になる。だけれどそこはもうないから、その代わりに「カプリ」が聖地となったのである。


「カプリ」はビルの3階までを使ったパスタの専門店で、ワインの種類も豊富だしサイドメニューも色々あって、白壁の洞窟内をイメージしたような小綺麗な内装も相まって「カップル御用達」みたいな店だった。そんな店に冴えない男子高校生2人組が行ってはパスタをすすっていたのである。ちょっと妙な光景といえば妙な光景だったと思う。

初めてその目的で池袋に行ったのは高校2年の春で、それ以降は同好の志の彼以外にも、アマチュア無線で知り合った仲間や、有線BBSで知り合った仲間や、高校の友人なんかとも「カプリ」でよく食事をした。

くわえて今思い返すと赤面モノなのだけれども、その冬に「恋人」なんて呼べる存在が出来てからは、いわゆる「デートらしいデート」をするにも使ったりもしていた(他に気の利いた場所なんぞしらんかったのだ。味も良かったし、とイイワケしてみる(笑))

そんな感じで僕の池袋行きは、多いときは毎週末、少なくとも月イチのペースで繰り返されるようになったのである。


最初は買い物目的で、次のきっかけは大好きなアーティストの歌に出てくる彼の青春時代を追い掛ける為。

そこから池袋に通いはじめた僕は、ここ「カプリ」を拠点にして次第に足を延ばしはじめて、風景を知って地理を知り、店を知って街を知り、だんだん池袋という街自体を好きになっていったのだった。
<もう少しつづく>


その他の記事
思い出の池袋#1
この記事の直前の記事です。
../2003/200311241304.html
思い出の池袋#3
この記事の直後の記事です。
../2003/200311260458.html