じーらぼ!言戯道場 (G-LABO Gengi-DOJO) 管理人:みやもと春九堂(しゅんきゅうどう)

【 2003年10月08日-04:42 のつぶやき】

君の名は。


仮面ライダーDC☆遊星氏がネットランナーさんの記事に掲載されて、喜んだりキレたりしている。

ちなみに僕のサイト、つまりこの「じーらぼ!」も登録されていたりするのだけれども、ジャンルはしっかり『●テキストサイト/日記』になっている。とりあえず間違いはなかったようだ。さすがに萌え情報はないよな。

まぁそんなわけで、とりあえずサイト名及びジャンルも間違えられることはなかったわけなのだけれども、「じーらぼ!」は随分と色々な間違い方をされてきた。「G−LABO」と記述していたときなど「ジーロボ」(うちのサイトは核で動いていません)とか「ジーレボ」(うちのサイトは革命は起こしません)だったりしたものだ。

まぁでもサイト名のそんな些細な間違いはどうということもなく、平仮名表記にしてからはさすがに間違われる事もなくなった。

が、僕の屋号 兼 ハンドルネームである「みやもと春九堂」は未だにかなりの確率で間違えられている。

僕のこの「春九堂」という屋号は師匠が「人生に九度の春あり。その全てを謳歌する者は人生の栄達者である」という意味と願いを込めて着けてくれたもので、非常に愛着のあるモノだったりする。

ところが。もっとも多い間違いは「春久堂」なのだ。これはヒドイ。人生の春を謳歌出来るようにと着けられたモノが、これでは「春が久しい」になってしまっている。つまりこの名前の場合、僕には春が来ないのだ。

名前というモノは非常に重要なモノだと僕は思っている。「忌み名」や「言霊信仰」ではないが、名前にはやはり力があって、名前から受ける影響は大きい。それだけに大事にされているからこそ、「名付け親」や「ゴッドファーザー」という存在、さらには「洗礼名」などというモノが、信仰如何に関わらず世界中の文化にあるのだと思うのだ。


――名前には意味があり、そして名前には力がある。そう考えたとき、僕は一つの推論に辿り着いた。

『非モテ路上の実戦派』という嬉しくもなんともない自虐的な看板(というか限りなくリアルな事実)を掲げて長い僕であるが、その原因は全て「春久堂」という間違えられた名前による呪いではないかということだ。

もしこの推論が正しいとすると、僕がこの苦難の道から脱却し、人生の春を迎える為には、この間違いを正さなくてはならない。これは今まで気がつかなかった盲点だ。なにしろ我が国は「言霊の幸はふ国」である。逆もまた真なり、だとすると、推論は強ち間違ってはいないだろう。

「そうか!僕が非モテで春が久しく来ないのは、名前を「春久堂」とか間違えられているからだ!そうに違いない!僕は何者かに狙われているんだ!不幸にさせられているんだよ!!」

――ちょっと(?)電波気味ではあるが、僕はそう結論づけてみた。


さて、話はかわって8月に行われたPA8.55の際、コアマガジンさんから等身大モナーがゲストに出張してくれた上に、同社発行の「2ちゃんねるぷらす」さんが取材をしてくれた。

掲載されるかボツになるかはわからなかったのだけれども、その際に「掲載予定写真の確認」「掲載誌をよかったらいただけませんか」という二つのお願いをさせていただいた。

が、僕はそれから一ヶ月以上が経った後で、人づてに「載ってたよ」と報告を受けた上に、発売から二週間以上が経つも送られて来ていないという素敵な展開に至っている。

ネットランナーさんは以前「掲載させていただきましたので掲載誌ご希望の方はメールで送り先を御返信下さい」というメールをいただき、返信をしたところ一冊たりとも送られてきていないというファンタジーな展開を見せてくれたが、コアマガジンさんは掲載報告さえないという、さらにその斜め上を行くアクロバティックな展開を見せてくれている。

だが僕はさらにショッキングな事に遭遇してしまった。「掲載されてたよ」という知人からの報告を受けた僕は「2ちゃんねるぷらす」さんのページに飛んだのだが、こんなものを見つけてしまったのだ。


2chオフ記事中、みやもと春九堂さんの名前を
みやもと春久堂と誤植してしまいました。お詫びします。



お詫びも何も掲載されていることすら知りませんでした。


オマケに肝心の名前を誤植。しかもよりによって春久堂。もう手に負えないとはまさにこのことだ。最寄りの書店を巡ったが、発売から時間も経っているので置いていない。どんな風に紹介されて、どんなところで間違われているのかもわからないという事態に陥ってしまっているのだ。


無料で閲覧できるネット上のそれより、商業誌面上のそれの方が、当たり前だが色々な人の目に触れるし、言葉の重みは重い。そう考えると前述した「名前の呪い」の力も強いというのが正しい電波気味な理論であろう。

――では、この呪いを解くにはどうすればよいのだろうか。

答えは簡単だ。正しい名前を掲載してもらえばよいのだ。だが再び取材であったりすると、編集段階でまた間違えられてしまう可能性がある。ここは一つ自らの手で最終校正が出来る筆者という立場が望ましい。

いや、既に出回ってしまった分の呪いを取り返すには一度や二度の掲載では足りない。そうだ、いっそ連載なんていうのはどうだろうか。それがいい、それがベストでありパーフェクトだ。それ以外に考えられない。そうしましょう。


……などとまぁ電波理論をこねくりまわしてみたわけだが、実際の処ちょっと困ったモンだなぁとは思う。特に写真の確認はさせて欲しかった。

まぁ、このサイトをコアマガジン関係の方が見てくれているかどうかも定かではないわけで、こんなところでシュート仕掛けてどうするという話もあるわけだが、連載希望の話はわりとガチです。
(だから無意味なシュート仕掛けるなって)



その他の記事
友達の友達の話[春九堂の場合#3]
この記事の直前の記事です。
../2003/200310071913.html
デブー!
この記事の直後の記事です。
../2003/200310090622.html